2023年11月、京都のラグジュアリーホテル「デュシタニ京都」のファインダイニング「Ayatana(アヤタナ)」で開催されたレストラン・ショーケースに参加した。
タイから二人のスーパーシェフを招いてのイベント。クッキングワークショップや食事を通じて、様々な感覚を刺激する特別なダイニング体験に、胃も心も、目も鼻も口も、全神経が満たされる一日となった。
スターシェフが来日!
デュシタニ京都のメインダイニング「Ayatana(アヤタナ)」。地下1階に位置しながらも、日中は中庭から自然光が差し込んでいる。照明があたたかな雰囲気を演出し、ゆったりと寛げる居心地の良い空間が広がっている。
店名が意味する「仏教哲学上の六感(=視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、心)」の通り、食事はもちろん、席に着くまでにも複数の感覚を刺激する体験が待っている。そんなプレゼンテーションをゲストが最大限楽しめるよう、一度の食事サービスにつき最大8〜10グループ(35〜45名)までに限定しているそうだ。
「アヤタナ」は、タイ・バンコクでミシュラン常連の名レストラン「Bo.Lan(ボーラン)」のタイ人シェフ、ドゥアンポーン・ボー・ソンヴィサヴァ氏と、そのパートナーであるディラン・ジョーンズ氏がコンセプトを考案している。本場のタイと日本が融合した、細部まで考え抜かれたストーリーを感じたい。
タイ料理のクッキングは「アロマセラピー」
なんと二人のスーパーシェフが目の前で調理する様子を拝見できるチャンスがあったのだ。ひとつずつ工程を解説してもらえるという贅沢すぎる体験だ。
テーブルいっぱいに並んだカレーの食材。グリーンカレーペーストを手作業ですり潰し、ココナッツクリームで炒め、ココナッツミルクを加えて混ぜ合わせると油が浮いてくる。一見オイリーに見えるが、その正体はもちろんココナッツオイルなのでヘルシーで安心だ。ペーストの緩さ加減は、ライスやパンなど添えるものによって調整するという。
ライムの葉、ヤシの芯、茄子などを順番に加えていく。緑の豆に見えるものは「すずめ茄子」という食材で、少しビターでクランチー。辛くてオイリーなグリーンカレーに入れるとアクセントになり、全体のバランスが整うそうだ。
ちなみに、タイで「グリーンカレー」は甘いカレーを指すそうだが、トラディショナルなグリーンカレーのレシピに甘い食材は入っていない。もしスウィーティーさを感じるのであれば、それはココナッツミルクから生まれた甘味だ。
ひとつのメニューを作るなかで、これだけ多種のスパイスを加えていく。一番最初に入れたスパイスは、一番最後に香ってくるという。そんな体験を、調理の合間に設けられた香りや味のテイスティングで体感できた。「タイ料理を作る工程は、一種のアロマセラピーなんですよ」というシェフの言葉が印象に残る。
「Ayatana(アヤタナ)」の食事体験が、ついにはじまる
お楽しみ第二部の食事へと席を移す。
「アヤタナ」では、タイから仕入れた食材に京野菜など地元のものを掛け合わせ、日泰のエッセンスが融合したオリジナル料理を堪能できる。コンセプトには「精進料理」を掲げてゼロウェイストやマインドフルの精神を取り入れているが、ホテルを運営する「デュシット・インターナショナル」グループ自体がサステイナビリティを重視していることから、決してファッションSDGsなんかではなく、グループの理念に則った活動だと腑に落ちる。
この日はショーケース用の特別コース。まずはアミューズブーシュからスタートした。精進料理の「五味五食五法」から、「五つの要素(焼、揚、蒸、生、煮)」「五つの色(緑、黄、赤、黒、白)」「五つの味(甘味、酸味、苦味、塩味、旨味)」の概念が表現されているメニューだ。本来は植物性の食材のみを使用する精進料理だが、アヤタナでは肉や魚のメニューも含まれている。
「梨とエビ」は、みずみずしさとシャキッとした食感が楽しめるフレッシュな一品。五味五食五法でいうところの「生・白・酸味」に当てはまるのだろうか。ココナッツミルクに、揚げたエシャロットがトッピングされている。
「タイ南部風のライスサラダ」は、バナナの葉で作られた蓋を開けるとそのビジュアルに驚くだろう。チャオム(アカシアの葉)に、カフェライムリーフなどのハーブをミックス。その下には、ライス、魚からとった出汁、唐辛子などが入っていて、上からたっぷりライムを絞って混ぜながら食べる不思議なメニューだ。ワサワサとしたチャオムの食感は、これまで味わったことのない食体験だった。
珍しい2品の後に続くことで、なんだか馴染みのあるメニューに見える「松茸とガランガルのレリッシュ」。牛肉や松茸にスパイシーな赤いペーストを塗ると、タイらしさがより引き立つ。添えられたライスクラッカーや、ガランガルに包まれたお米で、口の中の辛味を調整する。
この日は3種だが、通常は「五味五食五法」に沿って5種のアミューズブーシュが登場する。関西を中心とした季節の食材を考慮して企画されたメニューは、随時更新されるそうだ。
続いて、タイの家庭料理をファインダイニング流に昇華させたメインディッシュ。すべては「ごはん」ありきで構成されている。日本のお米とタイ米をブレンドさせたものだ。
豚肉、柿、梨、きゅうり、ミント、パクチーなどが入った「豚肉のサラダ、柿と赤いドレッシング」。細かく刻まれた唐辛子が散りばめられているが、見た目ほどスパイシーではない。コリッと食感の豚肉に、薄くスライスされたきゅうりや梨のおかげで軽さのあるサラダメニューだ。
しじみ、えび、わかめ入りの「アサリとわかめのココナッツスープ」からは、魚介の旨味をしっかりと感じられる。海鮮、水菜、春雨と日本でも馴染みのある食材が、ココナッツミルクで一気にまろやかなタイ風に大変身。
その名の通り、ししとう、唐辛子、ホーリーバジル、キノコ、鶏レバーなど主役級の食材が盛りだくさんの一品。スパイシーで食べ応えがあり、お米との相性は抜群である。
ちなみに、本格的なタイ料理を味わってほしいという意図で、「アヤタナ」では辛さの変更は受け付けていない。そのかわり、辛味が苦手な人には別メニューが用意できるそうだ。
ワークショップのテーマになった「グリーンカレー」は、平目を加えて登場した。ありとあらゆるスパイスがふんだんに使われているはずなのに、どうしてこうも綺麗に味がまとまるのだろうか。甘くて、辛くて、クリーミーで、サラッとしていて、食べれば食べるほど頭が混乱してきた。
お待ちかねのデザートタイム。これは「其の一」である。
「タイ風ぜんざい」は、小豆ではなく黒いもち米が主役だ。なかには里芋とサツマイモ、そして仕上げに少しキャラメライズした無花果がのっているのだが、これが甘くて美味しい。ぜんざいに無花果とは不思議な組み合わせだと頭をよぎったのも束の間、口に運んだ瞬間、見事なマッチング具合に感動してしまった。
小さなガラス瓶には、ポン菓子で作られたパウダーとココナッツペースト入り。ナイフですくって小さなモナカ風に。ひんやり冷たいタイ風モナカが完成する。
デザート「其の二」、美しくディスプレイされたプティフールビュッフェがやってきた。好きなものをチョイスできる(もちろん全種類でも!)。
タイのスイーツとともにいただく「アヤタナ」オリジナルの緑茶は、デュシタニ京都が独自の茶畑で栽培したオーガニック茶葉を使用している。
デュシタニ京都は、開業に伴いサステイナビリティ活動の一環として、京都南部の和束に「デュシット・ティー・ガーデン」を、京都市左京区の大原野村町に「デュシット・ファーム」を設立。ホテル内で使用する茶葉や野菜を独自に栽培するほか、レストランから出た生ごみはガーデンの肥料として使用するという徹底具合。その土地で採れたオリジナルの食材を楽しめるということもあり、ゲストとしては二重にも三重にも嬉しいポイントではないだろうか。
11月後半、紅葉シーズン真っ只中。満タンになったお腹と心を抱えて、もみじを一切見ることなく観光客で賑わう京都を後にした。
開業から3ヶ月も経っていないが、筆者がデュシタニ京都へ訪れたのはこれで3度目。行けば行くほど、知れば知るほど、細部に宿るこだわりの強さを感じられる。京都で唯一無二の存在感を放つホテルである。